和歌と俳句

飯田蛇笏

家郷の霧

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萬緑に滲みがたくしてわかかへで

山水のはしる母郷の夏来る

林閧ノ宙の眼をみる青葉時

軒菖蒲うす目の月の行方あり

山塊を雲の間にして夏つばめ

炎天や地に立命のわれと影

夏帽子海濱を眼に真つ平

月光の夜半をさだむる青葉木菟

花栗にたちまさりたる夜の霧

聖杯にただよへる血と白牡丹

雲四方に曽根丘陵の麥の秋

山聖し地は遍照の秋日影

潮騒の墓原を匐ふごとき

花火見る袖のうるほふ園の闇

風烈し日を全貌に秋の嶽

ひぐらしのこゑのつまづく午後三時

惨として飛翔かたむく蟷螂かな

蟲しぐれ時世のながれ停るなし

瀧つぼの霧がくりとぶ秋燕

象潟の昼うすくらき秋の雨

一色の紙のごとくに秋の濤

露明き小野の饗宴曼珠沙華

添水鳴る京かすむ日の詩仙堂

高原の霧にしづみて爐火の紅

死火山の影泛く雲にいなびかり