和歌と俳句

太田鴻村

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葱さげて日の暮とほき雲の冬

林中に竹生えてゐる二月かな

石ころ路出はづれて猫柳ひかる

野かげろふ額さらして眠るべし

曇天の土に梅剪りこぼしたる

路ありてゆく菫濃きひとたまり

ぼうたんやみんなみの日のありどころ

あを空や身にふりかかる花あけび

機関車の息あびて咲く菫かな

蛍火のあはれは指をもれにけり

白地着てこもれば宵の往来見ゆ

檜山滝ひびかせて人そぞろ

天の川仰ぐ睫毛のそり打つて

秋風や水打つてをる畑中

芋虫は石にのぼりて何もとむ

柿の木にんぼれば母が抜菜して

おしろいの花ひらきたり潮みちぬ

川のほとり凪ぎ暮れて大き尾花の穂

手のひらに雪虫ひとつ這はせたり

お骨埋めて袖に雪虫そと払ふ

椿みちくらく田舟を背負ひ来る

枯山や消ゆく電車のうしろ窓

産土神の椎は日向のお元日

松寒し神籤結びを人な見そ

眉ゆたかなり爪立ちて梅嗅ぐや

花曇り曲馬に佇てば馬匂ひ

茱萸の花西明りしてはなやかな

夕冷えに死ぬげんげんの眠り虻

思ふことげんげんの首とばしつつ

春惜しむ灯に雪国の梨食むや

おけら鳴く闇に親しき柱かげ

氷店ひとりふたりは月にかな

向日葵のいろしづむ雲通りけり

羽抜鶏はたとつるむや花南瓜

向日葵やくらきに見えてほとけさま

秋風や誰が結びけむ路の草

宵々に月が明るくなる吾が家

新涼の眉澄ましゆくや汽車の窓

月明の無花果食みに鼠かな

夜や冷ゆと下り鰻を持ちてけり

雨の日もかげをおとして渡り鳥

山路の苔穴あれば栖むこほろぎ

山日和すすきの脂うきにけり

山ぐみの渋さを侘びつ芒剪り

山の日にまなこからして芒剪る

山風に棉ふき出でてましろけれ

田の雀町空へ出て日を浴びし

草の茎しろく出てゐる刈田かな

とほうみの音の吹かるる夜寒かな

のぼり来てうみは見えざり八つ手咲く

うら枯れて浅草寺の銀杏かな

語らひはたんきり飴に夜を寒み

浅草の夜を霧ふるやつぐみ焼

燈のもとに霧のたまるや夜泣蕎麦

逝く年の枯山あかり頬にとどめ