和歌と俳句

高浜虚子

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牡丹崩る盃を銜みて悼まばや

病人に結うてやりけり菖蒲

旅するは薄暑の頃をよしとする

セルを着て白きエプロン糊硬く

山荘の庭に長けたり夏蕨

晴間見せ卯の花腐しなほつづく

栗の花秋風嶺に今盛り

梅雨雲淡路島山横たはり

暫は止みてありしが梅雨の漏り

ハンケチに雫をうけて枇杷すする

田を植うる白き衣をかかげつつ

ベンチあり憩へば蜘蛛の下り来る

本堂の隅なる蚊帳の吊手かな

干魚の上を鳶舞ふ浜暑し

沼ありて大江近き夏野かな

鵲も稀に飛ぶのみ大夏野

竜彫りし陛の割目の夏の草

梅雨晴の波こまやかに門司ヶ関

示寂すといふ言葉あり朴散華

ほととぎす鳴きすぐ宿の軒端かな

牛も馬も人も橋下に野の夕立

静に居団扇の風もたまに好し

石段を登り漁村の寺涼し

縁台にかけし君見て端居かな

夕闇の迷ひ来にけり吊荵

閻王の眉は発止と逆立てり

昼寝覚め又大陸の旅つづく

西日今沈み終りぬ大対馬

本堂の柱に避くる西日かな

壱岐の島途切れて見ゆる夏の海

壱岐低く対馬は高し夏の海

夏潮の今退く平家亡ぶ時も

松花江流れて丘は避暑地とや

襷とりながら案内や避暑の宿

紙魚の書を惜まざるにはあらざれど

ぼうたんの花の上なる蝶の空

セルを著て彼女健康其ものか

老農は茄子の心も知りて植ゆ

打ち晴れし神田祭の夜空かな

かんばせを高ノ染めて人来る

夕風に浮かみて罌粟の散りにけり

夕風に散らまく罌粟の一重なる

今日の興泰山木の花にあり

妻をやる卯の花くだし降るなかを

顔そむけ出づる内儀や溝浚

裾からげ内儀わたせり五月雨

の中わがつく息もかびて行く

一匹の火蛾に思ひを乱すまじ

釣りの岩にはさまり見ゆるかな

蚊遣火のなびけるひまに客主

棟梁の材ばかりなり夏木立

晝顔の花もとび散る籬を刈る

中途よりついとそれたる竹落葉

夏木あり之を頼りに葭簀茶屋

用ふれば古籐椅子も用を為す

山寺に絵像かけたり業平忌

炎天や額の筋の怒りつつ

木々の間を透きてしうねく西日かな

雷火にも焼けず法燈ともりをり

夜詣や茅の輪にさせる社務所の灯

簡単に新茶おくると便りかな

生きてゐるしるしに新茶おくるとか

薄暑はや日蔭うれしき屋形船

着倒れの京のを見に来り

北嵯峨のの人出見に行かん

昼のの静に来にし雅会かな

大いなるが出て食ふ早雲寺

顧みる七十年の夏木立

草刈の顔は脚絆に埋もれて

吹き上げて廊下あらはや夏暖簾

夕立来て右往左往や仲の町

幾本のの大樹や早雲寺

いつの間に世に無き人ぞ梅雨寒し

いつの間に壁にかかりし帚草