和歌と俳句

高浜虚子

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江山の晴れわたりたるかな

昨日今日客あり今日は牡丹剪る

道に立ち見てゐる人に早苗とる

笠二つうなづき合ひて早苗とる

満目の緑に坐る主かな

箕を抱へ女出て来ぬ花菖蒲

何某の院のあととや花菖蒲

溝またぎ飛び越えもして梅落とす

灯取虫稿をつがんとあせりつつ

帯に落ち這ひ上るなり灯取虫

灯取虫這ひて書籍の文字乱れ

蜘蛛虫を抱き四脚踏み延ばし

緑蔭に主鷺追ふ手をあげて

会のたび花剪る今日はを剪る

なつかしき紺の表紙のの本

黒ずんだ染みが美し孔雀草

木を伐りしあと夏山の乱れかな

石を撫し傍らにある百合を剪る

水遊びする子に滑川浅く

炎天に立出でて人またたきす

日盛りは今ぞと思ふ書に対す

紙魚の書も黴の書も其のままにあり

紙魚のあとひさしのひの字しの字かな

麦の出来悪しと鳴くや行々子

夏草に延びてからまる牛の舌

田植見に西蒲原に来し我等

木の形変りし闇や蛍狩

山と藪相迫りつつ蛍狩

提灯を借りて帰りぬ蛍狩

提灯をさし出し照す蛍沢

藤の雨漸く上り薄暑かな

更衣裾をからげて帚持ち

とり出して提灯埃吹く

大いなる新樹のどこか騒ぎをり

風鎮は緑水晶鉄線花

十薬の匂ひの高き草を刈る

日当れば実梅一々数ふべし

主人今暗き実梅に筆すすむ

河骨の花に添ひ浮くいもりかな

鮎釣の夕かたまけて去に仕度

継竿の華奢を競ひて仲間

ところどころ瀬の変りたるの川

卯の花のいぶせき門と答へけり

浅間嶺の麓まで下り五月雲

蛍火の鞠の如しやはね上り

鍬置いて薄暑の畦に膝を抱き

水車場へ小走りに用よし雀

田植留守庭の真中に鍬置いて

早苗饗のいつもの主婦の姉かぶり

早苗饗や神棚遠く灯ともりぬ

梅雨晴の夕茜してすぐ消えし

我生の今日の昼寐も一大事

手に当る五色団扇の赤を取る

己れ刺あること知りて花さうび

夏山を軒に大仏殿とかや

涼しさや熱き茶を飲み下したる

藍がめにひそみたるの染まりつつ

いつ死ぬる金魚と知らず美しき

一杯に赤くなりつつ金魚玉