和歌と俳句

高浜虚子

前のページ< >次のページ

緑蔭に網を逃げたる蝶白し

蛍見や声かけ過ぐる沢の家

吊り下げし仮の日除の蓆かな

を見て思ひ思ひに美しき

の輪の中に走りぬ牧の柵

葉の紺に染りて薄し茄子の花

夕立のあとの闇夜の小提灯

乾坤の夕立癖のつきにけり

夕立の来て尚残る暑さかな

夕焼の黄が染まり来ぬ夕立あと

涼しさの肌に手を置き夜の秋

夕暮の薄暗がりに茄子のぞき

風あまり強くて日傘たたみもし

雪渓のここに尽きたる力かな

前通る人もぞろぞろ橋涼み

橋涼み温泉宿の客皆出でて

客を好む主や妻や胡瓜もみ

取敢ず世話女房の胡瓜もみ

胡瓜もみ世話女房といふ言葉

蜜豆をたべるでもなくよく話す

川向ふ西日の温泉宿五六軒

裸子をひつさげ歩く温泉の廊下

浩瀚の秋まで続く曝書かな

夏痩や心の張りはありながら

夏痩の人ことごとに腹を立て

夏痩の言葉嶮しき内儀かな

腹の上に寝冷えをえじと物を置き

中堂に道は下りや落し文

又しても新茶到来僧機嫌

大蜘蛛の現れ小蜘蛛なきが如

山登り憩へと云へば憩ひもし

夏山にもて来て呉れし椅子に掛け

故園荒る松を貫く今年竹

雨浸みて巌の如き大夏木

急ぎ来る五月雨傘の前かしぎ

夏山の水際立ちし姿かな

茎右往左往菓子器のさくらんぼ

鞄積み重ねて避暑の宿らしく

連峰の高嶺々々に夏の雲

夏蝶の簾に当り飛び去りぬ

惨として日をとどめたる大夏木

ありなしの簾の風を顧みし

浅間背に日覆したる家並び

蝉取の網過ぎてゆく塀の外

大夏木日を遮りて余りある

夕立や隣の竿の干衣

こち見る人の団扇の動き止み

生かなし晩涼に坐し居眠れる

もろこしの雄花に広葉打ちかぶり