和歌と俳句

万葉集

巻第三

<< 戻る | 次へ >>

   大宰帥大伴卿讃酒歌十三首

験無物乎不念者一杯乃濁酒乎可飲有良師

験なき物を思はずは一杯の濁れる酒を飲むべくあるらし

酒名乎聖跡負師古昔大聖之言乃宜左

酒の名を聖とおほせし古の大き聖の言の宜しさ

古之七賢人等毛欲為物者酒西有良師

古の七の賢しき人たちも欲せしものは酒にしあるらし

賢跡物言従者酒飲而酔哭為師益有良之

賢しみと物言ふよりは酒飲みて酔ひ泣きするしまさりたるらし

将言為便将為便不知極貴物者酒西有良之

言はむせべせむすべ知らず極りて貴きものは酒にしあるらし

中〃尓人跡不有者酒壺二成而師鴨酒二染甞

中々に人とあらずは酒壺に成りにてしかも酒に染みなむ

痛醜賢良乎為跡酒不飲人乎熟見者猿二鴨似

あな醜賢しらをすと酒のまぬ人をよく見ば猿にかも似る

価無宝跡言十方一杯乃濁酒尓豈益目八方

価なき宝といふとも一杯の濁れる酒にあにまさめやも

夜光玉跡言十方酒飲而情乎遣尓豈若目八方

夜光る玉といふとも酒飲みて心を遣るにあにしかめやも

世間之遊道尓洽者酔泣為尓可有良師

世の中の遊びの道にかなへるは酔ひ泣きするにあるべかるらし

今代尓之楽者来生者虫尓鳥尓毛吾羽成奈武

この世にし楽しくあらば来む世には虫にも鳥にも我はなりなむ

生者遂毛死物尓有者今生在間者楽乎有名

生ける者遂にも死ぬるものにあればこの世にある間は楽しくをあらな

黙然居而賢良為者飲酒而酔泣為尓尚不如来

黙居りて賢しらするは酒飲みて酔ひ泣きするになほしかずけり