天平二年庚午冬十二月大宰帥大伴卿向京上道之時作歌五首
天平二年庚午の冬の十二月に 大宰帥大伴卿 京に向ひて道に上る時に作る歌五首
吾妹子之 見師鞆浦之 天木香樹者 常世有跡 見之人曽奈吉
わぎもこが 見し鞆の浦の むろの木は 常世にあれど 見し人ぞなき
鞆浦之 礒之室木 将見毎 相見之妹者 将所忘八方
鞆の浦の いそのむろの木 見むごとに 相見し妹は 忘らえめやも
礒上丹 根蔓室木 見之人乎 何在登問者 語将告可
右三首過鞆浦日作歌
いその上に 根ばふむろの木 見し人を いづらと問はば 語り告げむか
与妹来之 敏馬能埼乎 還左尓 獨之見者 涕具末之毛
妹と来し みぬめの崎を かへるさに ひとりし見れば なみだぐましも
去左尓波 二吾見之 此埼乎 獨過者 情悲喪 一云 見毛左可受伎濃
右二首過敏馬埼日作歌
ゆくさには ふたり吾が見し この崎を ひとり過ぐれば こころ悲しも (一には 見もさかずきぬ と云ふ)
還入故郷家即作歌三首
故郷の家に還り入りて すなはち作るうた三首
人毛奈吉 空家者 草枕 旅尓益而 辛苦有家里
人もなき 空しき家は 草枕 旅にまさりて 苦しくありけり
与妹為而 二作之 吾山齋者 木高繁 成家留鴨
妹として ふたり作りし 吾がしまは こだかくしげく なりにけるかも
吾妹子之 殖之梅樹 毎見 情咽都追 涕之流
わぎもこが うゑし梅のき 見る毎に こころ咽せつつ なみだし流る
03