和歌と俳句

万葉集

巻第三

挽歌

<< 戻る | 次へ>>

     十一年己卯夏六月大伴宿祢家持悲傷亡妾作歌一首
従今者 秋風寒 将吹焉 如何獨 長夜乎将宿

     十一年己卯の夏の六月に 大伴宿祢家持 亡妾を悲しみて作る歌一首
今よりは 秋風さむく 吹きなむを いかにかひとり 長き夜をねむ

     弟大伴宿祢書持即和歌一首
長夜乎 獨哉将宿跡 君之云者 過去人之 所念久尓

     弟大伴宿祢書持 即ちこたふる歌一首
長き夜を ひとりかねむと 君が云へば 過ぎにし人の おもほゆらくに

     又家持見砌上瞿麦花作歌一首
秋去者 見乍思跡 妹之殖之 屋前乃石竹 開家流香聞

     また 家持 砌の上の瞿麦の花を見て作る歌一首
秋さらば 見つつしのべと 妹がうゑし やどのなでしこ さきにけるかも

     移朔而後悲嘆秋風家持作歌一首
虚蝉之 代者無常跡 知物乎 秋風寒 思努妣都流可聞

     朔に移りて後 秋風を悲しびて家持が作る歌一首
うつせみの よは常無しと 知るものを 秋風さむみ しのびつるかも

     又家持作歌一首 并短歌
吾屋前尓 花曽咲有 其乎見杼 情毛不行 愛八師 妹之有世婆 水鴨成 二人雙居 手折而毛 令見麻思物乎  打蝉乃 借有身在者 露霜乃 消去之如久 足日木乃 山道乎指而 入日成 隠去可婆 曽許念尓 胸己所痛  言毛不得 名付毛不知 跡無 世間尓有者 将為須辨毛奈思

わがやどに 花ぞ咲きたる そを見れど こころも行かず はしきやし 妹がありせば みかもなす 二人ならびゐ たをりても 見せましものを  うつせみの かれる身なれば 露霜の 消ぬるがごとく あしひきの 山ぢをさして 入日なす 隠りにしかば そこもふに 胸こそ痛き  言ひも得ず 名付けも知らず 跡も無き よのなかにあれば せむすべもなし

     反歌
時者霜 何時毛将有乎 情哀 伊去吾妹可 若子乎置而

ときはしも いつもあらむを かなしくも いゆくわぎもか みどりこを置きて

出行 道知末世波 豫 妹乎将留 塞毛置末思乎

出でて行く 道知らませば あらかじめ 妹を留めむ せきも置かましを

妹之見師 屋前尓花咲 時者経去 吾泣涙 未干尓

妹が見し やどに花咲き 時は経ぬ 吾が泣く涙 未だ干なくに

     悲緒未息更作歌五首
如是耳 有家留物乎 妹毛吾毛 如千歳 憑有来

かくのみに ありけるものを 妹も吾も 千歳のごとく たのみたりけり

離家 伊麻須吾妹乎 停不得 山隠都礼 情神毛奈思

家離り いますわぎもを とどめかね 山隠しつれ こころどもなし

世間之 常如此耳跡 可都知跡 痛情者 不忍都毛

よのなかは 常かくのみと かつ知れど 痛きこころは 忍びかねつも

佐保山尓 多奈引霞 毎見 妹乎思出 不泣日者無

佐保山に たなびく霞 見る毎に 妹を思ひ出 泣かぬ日は無し

昔許曽 外尓毛見之加 吾妹子之 奥槨常念者 波之吉佐寳山

昔こそ よそにも見しか わぎもこが おくつきとおもへば はしき佐保山

<< 戻る | 次へ>>