麦秋や或る日都電に人語絶え
焼殻の小会堂に没る日麦熟るる
その下に黒猫ねむる桐の花
黒鉄の汽罐車艶に労働祭
幸さながら青年の尻菖蒲湯に
永久にある五月よ部屋へ這い入る蔦
シャツ干され見てゐし桐の花かくる
誓子生きるも薔薇のひらくも詩の力
新緑や兄欲る東大構内に
青梅の酸にとほくより責められて
恋ふ難し石榴の花は実の先に
黒蝶や横浜焼けて四顧に丘
文焚くや土驚きて蟻はしる
海港の荷馬よ夏帽に耳を立て
訣れんか波起しつつ毛蟲くる
蝸牛扉にゐず佛見終れり
六月に別る酸つぱき河の泥
どくだみに降る雨のみを近く見る
尼の服黒し緑蔭を出ても尚ほ
蟹かくる航空兵の墓裏へ
遮断機の前で握られ鳴く蝉よ
さはる向日葵バラック錆びて干柿色
蚊柱見て遺言めきし語を挿む
父ゆ受けし一羅さへなし蚤の跡
パイプの灰叩く他郷の一夏木