和歌と俳句

永田耕衣

ひろびろと母亡き春の暮つ方

かわかわと鴉が外す春の水

母の死や枝の先まで梅の花

花前にて舞ひたる蝶の捕らへらる

春菊や足袋に二重の皺が出来

貝深くしてこの汐干浜馴染あり

老梅も凡夫萬華の枝ひろげ

野の蜂や夢に夢継ぐ羽の色

角伸びて春耕の牛帰るかな

いづかたも水行く途中春の雨

梨の花家族のために見て帰る

梨花白し梨の木の無き所にも

我が来たる道の終りに揚羽蝶

楽々と落花途中のかな

天心にして脇見せり春の雁

土蜘蛛の往き来も夢や花の家

藤房の途中がピクと動きたり

近海に鯛睦み居る涅槃像

降り行きて短かきを撫でにけり

川芹の短かき事に世を忘る

低声の鹿を聞きとむ春の暮

桃の花老の眼にこそ精しけれ

雑念に痩せ行く顔や蓬道

虎杖の折れ口うるむ山河かな

虎杖を折つて互ひの名を知らず