冬夕焼崖へ工場の屋根迫る
モーターのめぐるぬくもり夕時雨
氷る雨ぴしぴし切屑叩くなり
夕木枯ともれば機械いきいきす
雪霏々と機械を拭いてもどるころ
覆ひたる寒燈機械にひとつづつ
吹雪二里歩みきて鋼削りをり
退避するひとごゑ北風の垣曲る
火事の雲うつらふ闇の畳光る
さしこめる火明り妻の膝に冴ゆ
燃えさかる火中の北風をまざと見ぬ
東京焼く火明りさむく星消したり
屋根に落葉目に見えてくらしつまりゆく
こがらしきく世に背くにはあらねども
こがらしの樫をとらへしひびきかな
萍の葉や池の泥もたげ枯れ
御手洗の点滴芝に冬日澄む
夕寒し行きずりの僧経を誦す
待ち呆けつ枯木かげわが影の上
雪つけて一段たかき父の墓
濠の鴨かかるあをぞらいつまでも
壮行の家の冬樹の月に濡れ
草枯れぬ夜を雨水の溜りては
河の水日々凍りつき征きし後
草枯れて夕日もさむきものの一つ