和歌と俳句

種田山頭火

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炎天の影の濃くして鉄鉢も

遠雷すふるさとのこひしく

水音の青葉のいちにち歩いてきた

雷鳴が追つかけてくる山を越える

日照雨ふる旅の法衣がしめるほど

なんとうつくしい日照雨ふるトマトの肌で

朝からはだかで蝉よとんぼよ

夕立つや蝉のなきしきる

朝風のいちばん大きい胡瓜をもぐ

寝るには早すぎるかすかにかなかな

ひらいてゆれてゐる鬼百合のほこり

糸瓜さいて垣からのぞく

風が吹きとほすまへもうしろも青葉

夜蝉がぢいと暗い空

なんといつてもわたしはあなたが好きな

伸びて蔓草のとりつくものがない炎天

晴れわたり青いひかりのとんぼとあるく

すこし白んできた空から青柿

青葉ふみわけてきてこの水のいろ

よるの青葉をぬけてきこえる声はジヤズ

なんぼたたいてもあけてやらないぞ灯取虫

死ぬる声の蝉の夜風が吹きだした

あちらで鳴くよりこちらでも鳴く夜の雨蛙

あの山こえて雷鳴が私もこえる

糸瓜やうやく花つけてくれた朝ぐもり

蝉時雨もう枯れる草がある

けふまでは生きてきたへそをなでつつ

へちまよ空へのぼらうとする

うまくのがれためが花にとまつてゐる

ほろりとひかつて草の露

けふも暑からう蓮の花咲ききつた

ここも空家で糸瓜の花か

夕立晴れた道はアスフアルトの澄んだ空

やつぱりお留守でのうぜんかづら

雑草のよろこびの雨にぬれてゆく

はたらいてきて水のむ

自動車が通つてしまへば群とんぼ

雨が洗つていつたトマトちぎつては食べ

いつも見て通る夾竹桃のなんぼでも咲いて

ぬれてなくよもう晴れる

向日葵や日ざかりの機械休ませてある

すつかり好きになつたトマトうつくしくうれてくる

灯れば青葉のしたしい隣がある

ほうけすすきのいつまでも秋ちかし

あぶら蝉やたらに人が恋ひしうて

子のことは忘れられない雲の峰

黒い蝶白い蝶夏草はしげる

ぼろきてすずしい一人があるく

蝉しぐれあふれるとなくあふれてゐる水

ながい豆も峠茶屋のかなかな