雁わたり或日思ひしごとくなる
はたとわが妻とゆき逢ふ秋の暮
父と子と露明暗の一日かな
柚子青き視野に顔あり何か言ふ
短日の疲れては見る指の先
風邪の床われに似し子を叱したり
崖の木木寒き根を垂らし乾きたり
蜩や誰かに見られゐし夕餉
霜夜ひとり餅焼き焦す出征歌
柿の朱さふたたび逢はぬ人の前
蚊帳出づる地獄の顔に秋の風
立ちわかれ寒夜の坂は闇より来
灯を消すやこころ崖なす月の前