和歌と俳句

長谷川素逝

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影ふかくかたきら捨てし壕凍てぬ

おきぬかさなり伏せる壕の屍に

酷寒の野をゆく軍旗縦隊つづき

かつがれて濃霧のなかへ消えてゆく

胸射ぬかれし外套を衣を剪りて脱がす

凍て土にほろほろと日のあたりそむ

枯草に友のながせし血しほこれ

かかれゆく担架外套の肩章は大尉

あしたより霧雨さむくくらく降る

寒夜くらし暁けのいくさの時を待つ

地図をよむ外套をもて灯をかばひ

くろくよごれ砲兵陣地なり

観測は屋根の傾斜のに臥し

砲据うとかつかつ凍てし地を掘る

凍土揺れ射ちし砲身あとへすざる

凍土揺れ砲口敵を獲つつ急

凍て土に射ちし薬筒抛られ抛られ

北風すさびたまととび瓦ふるひ落つ

壁射たれ凍てたる土をこぼすなり

寒風のつよければ振る旗おもし

昼くらく北風つよき日なりけり

南京を屠りぬ年もあらたまる

福寿草掘るとて兵ら野をさがす

南京城内にして鳥の巣のかかる樹を

しづかなる空がまいにち枯木の上

防寒靴下妻あみしかとおもひてはく

かの旗を靴もて春泥にふみにじらんか

たんぽぽやいま江南にいくさやむ

やけあとに民のいとなみ芽麦伸ぶ

目をつむりはろばろ来ぬる枯野あり

かの丘にこれの枯野に友ら死にき

彼をうめしただの枯野を忘るまじ

朝濡るる落葉の径はひとり行かな

落葉ふかしけりけりゆきて心たのし

さくらはや かたき小さき 芽をもちぬ

流氷のかがやきのなかを航くしづか

氷の海むらさきはしり日ののぼる

氷の原春はちかしと日を浴ぶる