篠懸樹かげ行く女らが眼蓋に血しほいろさし夏さりにけり
街の灯の暮れなづむ頃の蒼き靄はだへに粘む夏さりにけり
梅雨ふかき小庭の草に簇りて鳳仙花のくき赤く生ひけり
夕べかぜ木したに吹けば擬寶珠草あまた光りて廣葉をもたぐ
さ庭べに最もおそく芽吹きたる合歓によろしき五月雨ふるも
萌えいづる松のみどりのつぶら毬赤きを見れば人を恋ひにし
海を隔てとほき箱根におつる日の雲よりこぼれ濱のあかるさ
潮よせて砂地ともしき築石垣にあかく震へる昼顔のはな
木がらしは外にはげしも夜ふけて寒くもの食ふ珈琲店のなかに
両壁の鏡のそこに燈はふかし夜の更けゆく気はひ知れずも
あをき星水田のそこに揺らぎつつやや春めきし風ふき来る
東京の灯あかり遠し水田には四日月の光やや寒きかも
畝傍嶺に遠眉かくる新月の新づま枕に君がよろしき
おく山の馬柵戸にくれば霧ふかしいまだ咲きたる合歓の淡紅はな
こんこんと馬柵をくぐる水きこゆ草の中より霧立ちながら
霧らひつつ草にこもれる水のおと草にはゆらぐなでしこの花
露ふかき撫子のはな摘みしかば狭霧はのぼるそのふか草に
裏山にしろく咲きたる栗のはな雨ふりくれば匂ひ来るも
雪解みち蒼く暮るれば街をゆく靴のかがとに凍つき初めたり
崖下の街のいづこか赤子なき宵のしづみを雪降りしきれ
秋ふかき峡間の道のゆふ河原待宵の花はしぼみ咲きたり
永代橋はしづめの樹に文鳥の釣籠ひとつ暮れにけるかも
深川に夜を来つれば街ひくし潮かぜをぼゆ近くの空に
吹きなやむ青葉のかげに昼の燈の滲みて點る夏さりにけり
花ぐるま路地にかくれて朝ながに鋏おと澄む春たちにけり