中村憲吉

街なかの湿り空地の草間にも土筆の萌ゆる春さりにけり

試験すみし書物たまりて堆し机のつばき散り重けるかも

山の根へ青田のうへの風の筋ほそぼそと通ふ真ひるなりけり

おほほしく曇りて暑し眼のまへの大き向日葵花は搖すれず

くもりたる四邊を聞けば向日葵の花心にうなる山蜂のおと

なやましく漸く嵐の吹きたれば重くすすれし向日葵の花

夏の土ふかく曇れり ふところに蝉を鳴かせて童子行きたり

朝顔の苗植ゑ居ればゆふぐれの遠きそらより雷震ひけり

鋪道の竝樹わか葉に風わたり明るき街となりにけるかも

やや痩せてわかき吾づまが丹の襷ネルによろしき夏さりにけり

あから引く真昼の庭に蔭おほし咲きて照りたる山吹の花

昼庭に樹のかげおほし山吹のしどろが花に風の渡るも

日ならべて春雨ふれば山吹の花の末ながく土に散りたり

わが窓に散りて過ぎたる梅の枝かたき枝には若葉立ちけり

藤なみの花咲きにけり真木柱わが新室の匂ひ佳ろしも

菅だたみ親しくねむる新むろの鉢の藤なみ總とけにけり

限りなく春の嵐に吹きゆするる赤き椿は眼を疲れしむ

春雨の東京駅に骨甕となりて著きたりあはれなる君は

きさらぎの筑紫の濱の松ばらに松葉ちる音をききて死にけむ

春さむき根岸養生園に妹まつと椿のつぼみ見飽かざりしも

春雨のこの降る雨の木がくりに雉子啼くなり遊べるらしも

春されば雉子啼く夜の山ざとの我家に嬬を率てかへりねむ

往来びと春は立ち見る妹が門の古井のうへの紅梅の花

我妹子と小夜の降てばかつらぎの海邊へ去りし鴨啼くきこゆ

月の夜を箕島へ行く人ならむ陸のつづける野をわたる見ゆ

宵あさく障子あけ居れば端ちかき白き小床にいとど上るも

床にくるいとどはいまだうら若し小床の皺をのべてかなしも

和歌と俳句

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