和歌と俳句

山上憶良

天の川相向き立ちて我が恋ひし君来ますなり紐解き設けな

ひさかたの天の川瀬に舟浮けて今夜か君が我がり来まさむ

風雲は二つの岸に通へども我が遠妻の言ぞ通はぬ

たぶてにも投げ越しつべき天の川隔てればかもあまたすべなき

秋風の吹きにし日よりいつしかと我が待ち恋ひし君ぞ来ませる

天の川いと川波は立たねどもさもらひかなし近きこの瀬を

袖振らば見も交しつべく近けども渡るすべなし秋にしあらねば

玉かぎるほのかに見えて別れなばもとなや恋ひむ逢ふ時までは

彦星の妻迎へ舟漕ぎ出らし天の川原に霧の立てるは

霞立つ天の川原に君待つとい行き帰るに裳の裾濡れぬ

天の川浮津の波音騒ぐなり我が待つ君じ舟出すらしも

秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花

萩の花尾花葛花なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花

大君の遣はさなくにさかしらに行きし荒雄ら沖に袖振る

荒雄らを来むか来じかと飯盛りて門に出で立ち待てど来まざず

志賀の山いたくな伐りそ荒雄らがよすかの山と見つつ偲はむ

荒雄らが行きにし日より志賀の海人の大浦田沼は寂しくもあるか

官こそさしても遣らめさかしらに行きし荒雄ら波に袖振る

荒雄らは妻子が業をば思はずろ年の八年を待てど来まさず

沖つ鳥鴨といふ船の帰り来ば也良の崎守早く告げこせ

沖つ鳥鴨といふ船は也良の崎廻みて漕ぎ来と聞こえ来ぬかも

沖行くや赤ら小舟につと遣らばけだし人見て開き見むかも

大船に小舟引き添へ潜くとも志賀の荒雄に潜り逢はめやも