声せずは 色濃くなると 思はまし 柳の芽食む 鶸の村鳥
桃園の 花にまがへる 照鷽の 群れ立つ折は 散る心地する
並びゐて 友を離れぬ 小雀の ねぐらにたのむ 椎の下枝
月の澄む 御祖川原に 霜さえて 千鳥遠立つ 声聞ゆなり
立昇る 月のあたりに 雲消えて 光重ぬる 七越の峰
敷きわたす 月の氷を 疑ひて ひびの手まはる あぢの村鳥
いかでわれ 心の雲に 塵据ゑで 見るかひありて 月をながめん
ながめをりて 月の影にぞ 世をば見る 住も住まぬも さなりけりとは
雲晴れて 身に愁へなき 人のみぞ さやかに月の 影は見るべき
さのみやは 袂に影を 宿すべき 弱し心よ 月なながめそ
月に恥ぢて さし出られぬ 心かな ながむる袖に 影の宿れば
心をば 見る人ごとに 苦しめて 何かは月の とりどころなる
露けさは 憂き身の袖の 癖なるを 月見る咎に おほせつるかな
ながめ来て 月いかばかり 偲ばれん この世し雲の 外になりせば
いつかわれ この世の空を 隔たらん あはれあはれと 月を思ひて
露もありつ かへすがへすも 思知りて ひとりぞ見つる 朝顔の花
ひときれは 都を捨てて 出づれども まぐりてはなほ 木曾の懸橋
捨てたれど 隠れて住まぬ 人になれば なほ世になるに 似たるなりけり
よのなかを 捨てて捨てえぬ 心地して 都離れぬ わが身なりけり
捨てし折の 心をさらに あらためて 見る世の人に わかれはてなん
思へ心 人のあらばや 世にも恥じむ さりとてやはと いさむばかりぞ
呉竹の 節繁からぬ 世なりせば この君はとて さし出でなまし
悪し善しを 思ひ分くこそ 苦しけれ ただあらるれば あられける身を
深く入るは 月ゆゑとしも なきものを 憂き世忍ばん み吉野の山