和歌と俳句

西行

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めづらしな 朝倉山の 雲井より 慕ひいでたる 明星の影

なごりいかに 返すがへすも 惜しからし 其駒に立つ 神楽舎人は

御手洗に 若菜すすぎて 宮人の 真手に捧げて 御戸開くめる

長月の 力合せに 勝ちにけり わが片岡を 強く頼みて

今日の駒は 美豆の菖蒲を 負ひてこそ 敵を埒に かけて通らめ

神輿長の 声先立てて 下ります 唯とかしこまる 神の宮人

三熊野の むなしきことは あらじかし むしたれいたの 運ぶ歩みは

あらたなる 熊野詣での 験をば 氷の垢離に 得べきなりけり

初春を くまなく照らす 影を見て 月にまづ知る 御裳濯の岸

御裳濯の 岸の岩根に 世を籠めて 固め立てたる 宮柱かな

窓出でし 心を誰も 忘れつつ 控へらるなる ことの憂きかな

引き引きに わが袖褄と 思ひける 人の心や せばまくの衣

末の世の 人の心も みがくべき 玉をも塵に 混ぜてけるかな

悟り広き この法をまづ 説きおきて 二つ無しとは 言ひ極めける

山桜 つぼみはじむる 花の枝に 春をば籠めて 霞むなりけり

身に付きて 燃ゆる思ひの 消えましや 涼しき風の あふがざりせば

花までは 身に似ざるべし 朽はてて 枝もなき木の 根をな枯らしそ

誓ひありて 願はん国へ 行べくは 西の門より 悟り開けん

さまざまに たな心なる 誓ひをば 南無の言葉に 総ねたるかな

野辺の色も 春のにほひも おしなべて 心染めける 悟りとぞなる