和歌と俳句

万葉集

巻第四

相聞

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     天皇賜海上女王御歌一首 寧樂宮即位天皇也
赤駒之 越馬柵乃 緘結師 妹情者 疑毛奈思
      右今案 此歌擬古之作也 但以時當便賜斯歌歟

     天皇 海上女王に賜ふ御歌一首 寧樂の宮に即位したまふ天皇なり
赤駒の 越ゆる馬柵の しめ結ひし 妹がこころは 疑ひもなし

     海上王奉和歌一首 志貴皇子之女也
梓弓 爪引夜音之 遠音尓毛 君之御幸乎 聞之好毛

     海上女王が和へ奉る歌一首 志貴皇子のむすめなり
あづさゆみ つまびく夜音の 遠音にも 君が御幸を 聞かくしよしも

     大伴宿奈麻呂宿祢歌二首 佐保大納言卿之第三子也
打日指 宮尓行兒乎 真悲見 留者苦 聴去者為便無

     大伴宿奈麻呂宿祢が歌二首 佐保大納言卿の第三子なり
うちひさす 宮に行く子を ま悲しみ とむれば苦し やればすべなし

難波方 塩干之名凝 飽左右二 人之見兒乎 吾四乏毛

なにはがた しほひのなごり 飽くまでに 人の見る子を 吾れしともしも

     安貴王歌一首 并短歌
遠嬬 此間不在者 玉桙之 道乎多遠見 思空 安莫國 嘆虚 不安物乎 水空徃 雲尓毛欲成  高飛 鳥尓毛欲成 明日去而 於妹言問 為吾 妹毛事無 為妹 吾毛事無久 今裳見如 副而毛欲得

     安貴王が歌一首 并せて短歌
とほづまの ここにしあらねば たまほこの 道をた遠み 思ふ空 安けなくに 嘆くそら くるしきものを み空ゆく 雲にもがも  たかとぶ 鳥にもがも 明日ゆきて 妹に言問ひ 吾が為に 妹もことなく 妹が為 吾れもことなく 今も見るごと たぐひてもがも

     反歌
敷細乃 手枕不纒 間置而 年曽経来 不相念者
      右安貴王娶因幡八上采女 係念極甚愛情尤盛 於時勅断不敬之罪退却本郷焉 于是王意悼怛聊作此歌也

    反歌
しきたへの たまくらまかず 間置きて 年ぞ経にける あはなくもへば

     門部王戀歌一首
飫宇能海之 塩干乃鹵之 片念尓 思哉将去 道之永手呼
      右門部王任出雲守時娶部内娘子也 未有幾時 既絶徃来 累月之後更起愛心 仍作此歌贈致娘子

     門部王が戀の歌一首
おうの海の しほひのかたの かたもひに 思ひやゆかむ 道のながてを

     高田女王贈今城王歌六首
事清 甚毛莫言 一日太尓 君伊之哭者 痛寸敢物

     高田女王 今城王に贈る歌六首
こときよく いともな言ひそ 一日だに 君いしなくは あへがたきかも

他辞乎 繁言痛 不相有寸 心在如 莫思吾背子

ひとごとを しげみこちたみ あはざりき こころあるごと な思ひわがせこ

吾背子師 遂常云者 人事者 繁有登毛 出而相麻志乎

わがせこし 遂げむと云はば ひとごとは 繁くはありとも 出でてあはましを

吾背子尓 復者不相香常 思墓 今朝別之 為便無有都流

わがせこに またはあはじかと 思へばか 今朝の別れの すべなかりつる

現世尓波 人事繁 来生尓毛 将相吾背子 今不有十方

このよには ひとごと繁し 来むよにも あはむわがせこ 今にあらずとも

常不止 通之君我 使不来 今者不相跡 絶多比奴良思

常やまず 通ひし君が 使来ず 今はあはじと たゆたひぬらし

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