和歌と俳句

阿部みどり女

つまさきの初冬の木の葉父母在さず

貧村の山河ゆたかに冬に入る

雑然と冬となりたる一間かな

手庇の中の紅冬紅葉

になひ来し落葉をあけて行きにけり

一枚の落葉の相ありにけり

一枚の落葉盃日をすくふ

桜落葉と一言仰ぎ農俳人

犬が寝て落葉の嵩のへりにけり

落柿舎は折しも柿の落葉どき

落葉掃いてゐれば平時と変りなき

語らへば乳母車にも落葉降る

寒雷を一つころがし海暁くる

松の葉のこぞりて光り寒きびし

北上の空へ必死の冬の蝶

更けゆく夜暖炉の奥に海鳴りす

一人ゐて短日の音なかりけり

美しき木の葉を閉ぢしかな

赤々と朝日卒壽の神無月

群鳴いて鴉過ぎゆく神無月

立冬の川を彩る胡桃の黄

綿蟲や夕べのごとき昼の空

虎落笛絨毯に曳く折鶴蘭

首長く海鵜につづき冬の鳩

鳶鴉左右にわかれ冬の山

香煙なく落葉煙の墓苑かな

障子開け墓苑の空気満たしけり

冬の蜂落ちてはのぼる玻璃の影

悴かみてペン落しつつ稿つづけ

落葉厭ふひとに俳諧なかりけり

霜枯の中に紫紺の龍の玉

羽織脱ぎ耳たぶ染めて十二月

日を透す玻璃に人形師走

茶の蕾千成鬼燈に似たるかな

為すことのすべてを終へて冬昇天

山眠り雑木ひとしく命ため

月か雪か知らずとつとつ更けにけり

子の名呼べば返るは寒の風の音

煖房や造花生花のわかちなく

訪ふ人を頼みの日々や雪ごもり

冬の日に釦をかがる卒壽かな

桃晃の豆に鬼ども逃げ失せし

棕櫚の葉の夕べはしづか豆を撒く

目つむれば五体ゆるみぬ立冬後

折鶴蘭鏡にうつり虎落笛

枯菊に帚塵取休みをり

山繭のひつかかりゐる枯枝かな

日の光り雪とも見ゆる流れかな

長壽かつら一葉一葉に師走の日

松島に一夜を明かす冬の蝶

年惜しむ太陽うつるにはたづみ

耳も目もたしかに年の暮るるなり

返り咲く最も小さき犬ふぐり

食べ残す鳥の赤き實壺に插す

川凍てて枯木の影も凍てにけり

葉つき蜜柑卒壽過ぎたる掌に

まなうらに寒の障子の青みかな

氷柱雫下葉に受けし氷柱かな

熊鷹の巣作りはじまる雪の山

小春日や眼底までも光りけり

わが声も忘るるほどに冬籠

九十の端を忘れ春を待つ