和歌と俳句

種田山頭火

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最後の飯の一粒まで今日が終つた

朝寒の針が折れた

蓼の花もう一年たちたぞな

道がなくなり落葉しようとしてゐる

水に水草がびつしりと旅

ただあるく落葉ちりしいてゐるみち

朝風の簑虫があがつたりさがつたり

バスも通うてゐるおもひでの道がでこぼこ

役場と駐在所とぶらさがつてる糸瓜

かるかやもかれがれに涸れた川の

秋日あついふるさとは通りぬけよう

おもひでは汐みちてくるふるさとの渡し

ふるさとや少年の口笛とあとやさき

ふるさとは松かげすずしくつくつくぼうし

鍬をかついで、これからの生へたくましい腕で

おばあさんも出てきて話すこうろぎ鳴いて

相客はおぢいさんでつつましいこほろぎ

いまし昇る秋の日へ魔訶般若波羅密多心経

コスモス咲いて、そこで遊ぶは踏切番のこどもたち

鍛冶屋ちんかんと芭蕉葉裂けはじめてゐる

煤け障子は秋日の波ですくかり洗つた

おもひでは波音がたかくまたひくく

もう秋風のお地蔵さまの首だけあたらしい

秋の日ざしか、旅の法衣をつくらふことも

あうわれば風がある秋の雑草

寝ころべば青い空で青い山で

何もかも捨ててしまはう酒杯の酒がこぼれる

うらに木が四五本あればつくつくぼうし

海をまへに果てもない旅のほこりを払ふ

ふるさとの山にしてこぼるるは萩

かあかあと鳴いただけで山の鴉は

あえぎのぼる並木にはひでりのほこり

こんなに子供があつてはだかではいまはる

笠へ落葉の秋が来た

なんでもない道がつづいて曼珠沙華

うらは蓮田できたなくてきやすい宿

旅の夜空がはつきりといなびかりする

ほんとうによい雨が浦藪の明ける音

今日の陽もかたむいたひよろひよろ松の木

まんづゆさげさきわたしの寝床はある

百舌鳥がするどくふりさうでふらない空

馬も肥えたと朝飯いそがしく出てゆく

秋のひかりや蠅がつるんだりして

乞ひあるく旅のいやになつたバスのほこり

売られて鳴いて牛はのそのそあるく

牛を見送ると水涸れた橋まで

夕立すずしくこちらで鳴けばあちらで鳴くも牛

ほんによかつた夕立の水音がここそこ

すずしくぬれて街から街へ山の夕立

いただきは夕立晴れの草にすわる

長い峠の、萩がちつたり虫がないたり

峠くだればゆふべの牛が鳴いてゐる

夕立晴れるより山蟹のきてあそぶかな

長屋あかるく灯して疳高いレコードの唄

アンテナがあつて糸瓜がぶらさがつて鉄道工事長屋で

暮れて宿が見つからないこうろぎで

水は涸れきつて松虫や鈴虫や旅人

のぼりつめればトンネルとなりこだまする

誰も寝しづまり鈴虫のよい声ひとつ

秋の波がうちよせる生徒がむらがる

赤子つぶらな眼を見張り澄んで青い空

葉鶏頭に法衣の袖がふれるなど

窓へからまり朝顔の実となつてゐる

塀にかぼちやをぶらさがらしてしづかなくらし

葉が四五本穂をだして揺れるのも

父がくれた柘榴はじめての実が揺れてゐる

野良猫も仔を持つて草の中に

これが最後のかぼちやたたいて御馳走にならう