和歌と俳句

橋本多佳子

潮潜るまで海女が身の濡れいとふ

海女舟に在り泳げざる身をまかせ

鎌遁れし若布が海女の身にからむ

あはび採る底の海女にはいたはりなし

海女潜り雲丹を捧げ来若布を抱き来

南風吹けば海壊れると海女歎く

産みし乳産まざる乳海女かげろふ

海女あがり来るかげろふがとびつけり

かげろふを海女の太脚ふみしづめ

平砂に胸乳海女の濡身伏せ

春の日がじりじり鹹き身が乾く

青葉木菟記憶の先の先鮮か

草炎や一歯を欠きし口閉づる

春の蝉こゑ鮮しくしては継ぎ

牡丹百花衰ふる刻どつと来る

春の日の木樵また新しき株

手繰る素直に寄り来藤ちぎる

の必死の誘ひ夕渓に

地上に母立つぴしぴしと椿折る

西の日に紅顕ち来るや貴妃桜

渦潮見る断崖上のわが背丈よ

波あげて鵜岩の孤独わだなかに

渦潮に対ふこの大き寂しさは

燈台守よぎたつ渦潮汝とへだつ

渦潮の圏にて鵜岩鵜を翔らす

渦潮去る香を奪はれし髪そゝけ

南風の迫門渦潮の刻解かれ

春夜解纜しづかに陸を退けて

春夜解纜それ以後潮のたぎちづめ

春夜解纜陸の燈ひとつだに蹤き来ず

幾転舵春潮の舳に行方あり

春夜どの岬ぞ吾を呼ぶ燈台は

また転舵春夜の寄港短くして

海風に尾羽を全開恋雀

毛を刈る間羊に言葉かけとほす

かなしき声羊腹毛刈られをり

羊毛刈る膝下に荒きけものの息

羊毛刈る人とけものの夕日影

毛刈り了ふ赤膚羊がかたまり啼き

羊啼く毛を刈る鋏またあやまち

花しどみ老いにしあらず曇るなり

入りゆくや落葉松未知の青籠めて

草木瓜は紅きがゆゑに狐寄らず

旅ゆく肩落葉松の風草の風

背を凭せて風がひびける芽落葉松

紅鱗をかさねて何の玉芽なる

花しどみ倚れば花より花こぼれ

残雪光岩に石斧を研ぎたりき

赤土籠めの埴輪おもへばしどみ朱に

花しどみ火を獲し民の代の炉焦げ

雪解犀川千曲の静にたぎち入る

よろこびに合へり雪解の犀千曲

雪解犀川砂洲を見せては瀬を頒つ

こゑ出さばたちまち寂し雪解砂洲

假橋にて雪解水嵩に直かに触れ

假橋にて雪解犀川鳴りとほす

ひざついて雪解千曲をひきよせる

雪解落合ふ嬉々たる波欝たる波

犀・千曲雪解を合はす底ひまで

眼の前の雪解千曲かちわたらず

雪代の光れば天に日ありけり

紫雲英打つ木曾の青天細き下