和歌と俳句

釈迢空

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夕空の さだまるものか。ひたぶるに 霽れゆく峯に、むかひ 居にけり

きそよりの曇り きはまり 夕ふかく 遠山の際に 澄める青空

山中に わが見る夢の あとなさよ。覚めて思ふも、かそけかりけり

山中にさめ行く 夢の こころよき思ひに 沁みて、はかなきものあり

日のゆふべ 板へぐ音を 聞きにけり。今日は、日ねもす 聞え居にけむ

山小屋に、日てり 雨ふり ひねもすに 人のはたらく 音 聞えけり

山の湯の 夜はのたたへに、つくづくに 目をみひらきて わが 居りにけり

山晴れて 寒さするどくなりにけり。膝をたたけば、身にしみにけり

ゆふやけの たちまち暗き 夜となりぬ。山黒々と 雨たれてをり

阪こえて、またひらけ来る 山川の 見のさやけさも、我あきにけり

しづかなる いこひなりけり。山岸に、石を撫でつつ 時経るつ と思ふ

旅を来て 心 つつまし。秋の雛 買へと乞ふ子の 顔を見にけり

ひそひそと 土にひびけり。山岸の この藪のうへゆ 人の行くらし

桂木の 早きもみぢの、岩のうへに 散れる葉を見れば、ともしかりけり

畔ごとに、色わかれつつ、向うつ山 見わたし曇る 青き田と 畠

秋にむかふ 山のたつきの かそけきに ことしは早く、雹ふりにけり

雹ふりて 秋たのみなし。村のうちに、旅をどり子も 入れじ といふなり

村の子は、大きとまとを かじり居り。手に持ちあまる 青き その実を

村童 昼 すさまじく遊ぶなり。田にとぶ 虫も 多く 喰はれつ

山なれば、秋のみのりの うらさびし。稗田の穂なみ かたく立ちたり

稗の田の水を 落して、何せむに 蚯蚓を掘りてゐる 翁あり

やはらかに 眠りもよほす こよひかも。谷のまがりの 音ふけにけり