この村ゆ、教如上人 海に出でて、村びとは 海を 望み来にけり
やうやくに 族人かずへり ゆきゆきて、歳の夜を 遠き ふるさとの おもひ
あきうどのなりを守らず 経し家や。去年は 我を待つ兄も 居にけり
西の宮えびす舞し 朝戸あけて、まづ聞く耳の すがしさや。えびす舞しよ。何を献さむ
年あけて、初卯の今日ぞ。道に出でて、人を眺めむ。春のころもを
ほい駕籠を待ちこぞり居る 人なかに、おのづから われも 待ちごころなる
逢阪の増井の清水 凍るらし。歳の夜ふかく 思ひ居にけり
晦日夜の あらし 燈 煽つ 堂の隈。目にのこりつつ 現実なりけむ
満ちに向く逢阪寺の 墓石の 夕つく色を、見てとほるなり
西門はたそがれて 風吹きにけり。経木書かむ と 言ふ人あり
小橋過ぎ、鶴橋 生野来る道は、古道 と 思ふ 見覚えのなき
世のなかにしたがふ道を 説かざりき。あやまち多き 教へ子のかず
年を経て 聞くさびしさや。教へ子は おのもおのもに よく生けれども
われの世のさびしきに、ならひ ゆくならし。かそけく生きて 教へ子はあり
年を経て 思ふことこそはかなけれ。おほくは、古き教へ子のうへ
菊の花 まだきすがるる 煤の庭。この校長も 老いそめにけり
あかしやの花 ふりたまる 庭に居りて、人をあはれ と 言ひそめにけむ
しみじみと 口あらそへり。夏の木の こずゑの蕊は、いまだ さびしさ
ゆゑしらぬ 怒りに、踏み踏みし蔵の段 みかげのおもて たひらかに あり
くらきまど。今日も見てけり。庭蔵の高処のまどは、ひそやかに あり
中学の 庭くまに 蔵は立てりけり。この壁の触りは、忘れずありかり
わかかりし 怒りやすさを 思ひ居り。額薄れし友に向ひて
若ければ 人の恋しく 秘むべきも 恥ぢはぢてこそ、言に出にしか