今さらに 何かは人も 咎むべき はじめて濡るる 袂ならねば
わりなしな 袖に嘆きの 満つままに 命をのみも いとふ心は
色深き 涙の川の 水上は 人をわすれぬ 心なりけり
まちかねて 一人は臥せど 敷妙の 枕並ぶる あらましぞする
問へかしな なさけは人の 身のためを 憂き我とても 心やはなき
言の葉の 霜枯れにしに 思ひにき 露のなさけも かからましとは
夜もすがら 恨みを袖に 湛ふれば 枕に波の 音ぞ聞ゆる
ながらへて 人のまことを 見るべきに 恋に命の 堪へん物かは
頼めおきし その言ひ事や あだなりし 波越えぬべき 末の松山
川の瀬に 世に消えやすき うたかたの 命をなぞや 君が頼むる
かりそめに おく露とこそ おもひしか 秋に逢ひぬる わが袂かな
おのづから あり経ばとこそ 思ひつれて たのみなくなる わが命かな
身をもいとひ 人のつらさも 嘆かれて おもひ数ある 頃にもあるかな
言の根の 長く物をば 思はじと 手向けし神に 祈りし物を
うちとけて まどろまばやは 唐衣 夜な夜な返す かひもあるべき
わがつらき ことにをなさん おのづから 人目を思ふ 心ありやと
ことといへば もて離れたる 気色かな うららかなれる 人の心の
物思ふ 袖に嘆きの たけ見えて 忍ぶ知らぬは 涙なりけり
草の葉に あらぬ袂も 物思へば 袖に露おく 秋の夕暮
逢ふことの なき病にて 恋死なば さすがに人や あはれと思はん