和歌と俳句

西行

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君慕ふ 心の内は 稚児めきて 涙もろくも なるわが身かな

なつかしき 君が心の 色をいかで 露も散らさで 袖に包まん

いくほども ながらふまじき 世の中に 物を思はで 経るよしもがな

いつかわれ 塵積む床を 払ひ開けて 来んとたのめん 人を待つべき

よたけたつ 袖に湛へて 忍ぶかな 袂の滝に 落つる涙を

憂きにより つひに朽ちぬる わが袖を 心づくしに 何忍びけん

心から 心に物を 思はせて 身を苦しむる わが身なりけり

ひとり着て わが身にまとふ 唐衣 しほしほとこそ 泣き濡らさるれ

言ひ立てて 恨みばいかに つらからん 思へば憂しや 人の心は

嘆かるる 心の内の 苦しさを 人の知らばや 君に語らん

人知れぬ 涙にむせぶ 夕暮は 引き被きてぞ 打臥されける

思ひきや かかる恋路に 入りそめて 避く方もなき 嘆きせんとは

危ふさに 人目ぞつひに 避かれける 岩の角踏む ほきの懸道

知らざりき 身に余りたる 嘆きして 隙なく袖を 絞るべしとは

ふく風に 露もたまらぬ 葛の葉の 裏返れとは 君をこそ思へ

われからと 藻に棲む虫の 名にし負へば 人をばさらに 恨やはする

むなしくて やみぬべきかな 空蝉の この身からにて おもふ嘆きは

包めども 袖よりほかに このれ出でて うしろめたきは 涙なりけり

われながら 疑はれぬる 心かな ゆゑなく袖を 絞るべきかな

さることの あるべきかはと 忍ばれて 心いつまで みさをなりけん