折る人の 手にはとまらで 梅の花 誰が移り香に ならんとすらん
うたた寝の 夢をいとひし 床の上に 今朝いかばかり 起き憂かるらん
ひきかへて うれしかるらん 心にも 憂かりしことは わすれざらなん
七夕は 逢ふをうれしと 思ふらん 我は別れの 憂き今宵かな
おなじくは 咲きそめしより しめおきて 人に折られぬ 花と思はん
朝露に 濡れにし袖を 干す程に やがて夕立つ わが袂かな
待ちかねて 夢に見ゆやと まどろめば 寝覚めすすむる 荻の上風
包めども 人知る恋や 大井川 井堰の隙を くぐる白波
逢ふまでの 命もがなと 思ひしは くやしかりける わが心かな
今よりは 逢はで物をば 思ふとも 後憂き人に 身をばまかせじ
いつかはと 答へんことの ねたきかな おもひ知らずと 恨み聞かせば
袖の上の 人目知られし 折までは みさをなりける わが涙かな
あやにくに 人目も知らぬ 涙かな 堪へぬ心に 忍ぶかひなく
萩の音は 物思ふわれが 何なれば こぼるる露の 袖におくらん
草茂み 沢に縫はれて 伏す鴫の いかによそだつ 人の心ぞ
あはれとて 人の心の なさけあれな 数ならぬには よらぬ嘆きを
いかにせん 憂き名をば世に 立てはてて おもひも知らぬ 人の心を
忘られん ことをばかねて おもひにき 何おどろかす 涙なるらん
問はれぬも 問はぬ心の つれなさも 憂きは変らぬ 心地こそすれ
つらからん 人ゆゑ身をば 恨みじと おもひしことも 叶はざりけり