旅枕 菊さき楓 衰へて をちこち城に 衣擣つ也
都路を 思へば猿の 聲すなり 蘆の花散る 古城の月
時を得て 昔の友は 栄ゆらん 釣する翁 見れば悲しも
秋深き 都はありし 様ならで 見知らぬ人の 車やるらん
御前近く 立ちまじらひて 仕へしは 昔なりけり 秋老いんとす
玉の殿 錦の船も なかりけり 秋風白し 大宮どころ
棚機の 五百機朽ちて 鯨浮く 池の蓮散る 鄙に住むわれは
我昔 都の春を うたひけん 草摘むをとめ 空を漕ぐ船
石壕の 村に日暮れて 宿借れば 夜深けて門を 敲く聲誰ぞ
墻踰えて をぢは走りぬ うば一人 司の前に かしこまり泣く
三郎は 城へ召されぬ いくさより 太郎文こす 二郎死にきと
生ける者 命を惜み 死にすれば 叉かへり来ず 孫一人あり
おうなわれ 手力無くと 裾かゝげ 軍にゆかん 米炊ぐべく
うつたふる 宿のおうなの 聲絶えて 咽び泣く音を 聞くかとぞ思ふ
暁の ゆくてを急ぎ 獨り居る おきなと別れ 宿立ちいでつ
麻にまとひ 蓬にからむ 蔦の手の 短かれとは 我思はなくに
ものゝふに とつぐ娘を 許さんは 路のほとりに すつるまされり
一夜たゞ 君に契りて 暁の あらあわたゞし 遠き別れは
君行かば 我たゞ一人 如何にして しうととよばん しうとめといはん
我せこの 君はものゝふ ものゝふの その妻われも 共に行くべく
さりながら 君ひとり行け 女あらば 軍弱しと 人もこそいへ
紅粉もつけじ 又うすものの 衣も著じ 再び君に 逢はん日迄は
空かける 鳥さへ雌雄は あるものを 我一人君を こひつゝをらむ