和歌と俳句

正岡子規

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旅行くと 都路さかり 市川の 笠賣る家に 笠もとめ著つ

菅笠の 小笠かぶりて 下総の 市路を行けど 知る人もなし

武蔵野の こがらししぬぎ 旅行きし 昔の笠を 部屋に掛けたり

みすず刈る 信濃のくにの ふるてらに 笠きてまゐる 善男善女

裏町の 柳の小路 往き通ふ 蛇の目からかさ 春雨のふる

夜嵐に 笠奪はれし 小山田の そほづの顔は 徳利なりけり

さみだれに ぬれてもううる さをとめの 笠の雫の しげくしおもほゆ

蓑笠に うき身を隠し 行く我を 旅商人と 人ぞ思ひし

ましらふの 鷹据ゑて立つ ものゝふの 笠に音して ふる霰かな

もろこしの からの畫を見る 思ひあり 驢にのる人 笠の上の雪

にひ年の よごとをまをす 歌人に にひ年の歌 よめとしひけり

いたつきの 病の牀を おとづれし 年ほぎ人に 屠蘇しひにけり

にひ年の 朝日さしける ガラス窓の ガラス透影 紙鳶上る見ゆ

冬ごもり 茶をのみをれば 活けて置きし 一輪薔薇の 花散りにけり

ときは木の 樫の木うゑし 路次の奥に 茶の湯の銅鑼の ひびきて聞ゆ

うま酒 三輪のくだまき あらんよりは 茶をのむ友と 寐て語らんに

テーブルの 足高机 うち圍み 緑の蔭に 茶をすする夏

夜をこめて 物書くわざの くたびれに 火を吹きおこし 茶をのみにけり

天にます 神をいのりて むつましく 七ゐるうから 朝茶ともしも

茶博士が 歌をつくると 茶の歌を 茶博士つくりつ よき歌つくりつ

一人ゐる 春の夕の 醉ざめに 茶をかぐわしみ よき菓子くひけり

秋の夜を 書よみをれば 離れ屋に 茶をひく音の かすかに聞ゆ

青丹よし 奈良の市屋の 杜若 紫かける 茶碗見たりき

閼伽の井の 閼伽の水汲み 朝な朝な 庵の佛に 茶をたてまつる