霞とも花ともいはじ春の色むなしき空にまづしるきかな
雲ゐより散りくる花はかつ消えてまだ雪さゆる谷に岩蔭
雪とぢて聲ををさめし奥山の松もしらべて春をつぐなり
袖しげし今朝の雪間に春日野の浅茅が本の若菜摘みみん
見渡せばうらうらごとに立霞いづれもしほのけぶり成らん
苔深く荒れ行軒に春見えてふりずも匂ふ宿の梅かな
梅が枝の花をばよそにあくがれて風こそかほれ春の夕やみ
にほひをば衣にとめつ梅花ゆくゑも知らぬ春風のいろ
待たれつる花の盛か吉野山霞の間よりにほふ白雲
此世には忘れぬ春の面影よ朧月夜の花の光に
深くとも猶踏み分て山櫻あかぬ心の奥をたづねん
今朝見つる花の梢やいかならん春雨かほる夕暮のそら
我が宿のいづれの峰の花ならんせきいるる瀧と落ちてくるかな
鳥の音も霞も常の色ならで花ふきかほる春の明ぼの
み山べぼそことも知らぬ旅枕現も夢もかほる春かな
たづねみよ芳野の花の山おろしの風の下なる我が庵のもと
たえだえに軒の玉水をとづれて慰めがたき春のふる里
くれて行春ののこりを詠れば霞の奥に有明の月
かさねそふ八重山吹のにほひかな春の名残は幾日ならねど
帰る雁過ぎぬる空に雲消えていかに詠ん春の行くかた