よみ人しらず
あふことの まれなるいろに おもひそめ わが身はつねに
あまぐもの はるるときなく 富士の嶺の もえつつとはに
おもへども あふことかたし なにしかも 人をうらみむ
わたつみの おきをふかめて おもひてし おもひは今は
いたづらに なりぬべらなり ゆく水の たゆる時なく
かくなわに おもひみだれて ふる雪の けなばけぬべく
おもへども 閻浮の身なれば なほやまず おもひはふかし
あしひきの 山した水の 木隠れて たぎつ心を
たれにかも あひかたらはむ 色にいでは 人知りぬべみ
すみぞめの ゆふべになれば ひとりゐて あはれあはれと
嘆きあまり せむすべなみに 庭にいでて たちやすらへば
しろたへの 衣のそでに おく露の けなばけぬべく
おもへども なほ嘆かれぬ 春がすみ よそにも人に あはむとおもへば
古歌たてまつりし時の目録のその長歌 つらゆき
ちはやぶる 神のみよより くれ竹の 世々にもたえず
あまひこの 音羽の山の 春がすみ 思ひみだれて
さみだれの 空もとどろに さよふけて 山ほととぎす
なくごとに たれも寝覚めで からにしき たつたの山の
もみじ葉を 見てのみしのぶ かみな月 しぐれしぐれて
冬の夜の 庭もはだれに ふるゆきの なほきえかへり
年ごとに 時につけつつ あはれてふ ことをいひつつ
君をのみ 千代にといはふ 世の人の おもひするがの
富士の嶺の もゆる思ひも あかずして わかるる涙
藤衣 織れる心も 八千草の 言の葉ごとに
すべらぎの 仰せかしこみ まきまきの 中につくすと
伊勢の海の 浦のしほ貝 拾ひあつめ とれりとすれど
たまのをの みじかき心 思ひあへず なほあらたまの
年をへて 大宮にのみ ひさかたの ひるよるわかず
仕ふとて かへりみもせぬ わがやどの しのぶ草おふる
板間あらみ ふる春雨の もりやしぬらむ
古歌にくはへてたてまつれる長歌 壬生忠岑
くれ竹の 世々のふるごと なかりせば いかほの沼の
いかにして 思ふ心を のばへまし あはれむかしへ
ありきてふ 人麿こそは うれしけれ 身は下ながら
言の葉を あまつ空まで きこえあげ すゑの世までの
あととなし 今もおほせの くだれるは ちりにつげとや
ちりの身に つもれる事を とはるらむ これをおもへば
けだものの 雲にほえけむ 心地して 千々のなさけも
おもほえず ひとつ心ぞ ほこらしき かくはあれども
てるひかり 近きまもりの 身なりしを たれかは秋の
くるかたに あざむきいでて 御垣より 外のへもる身の
御垣守 をさをさしくも おもほえず ここのがさねの
なかにては あらしの風も きかさりき 今は野山し
ちかければ 春は霞に たなびかれ 夏はうつせみ
なきくらし 秋は時雨に 袖をかし 冬は霜にぞ
せめらるる かかるわびしき 身ながらに つもれる年を
しるせれは 五つの六つに なりにけり これにそはれる
わたくしの 老いのかずさへ やよければ 身はいやしくて
年たかき ことのくるしさ かくしつつ 長柄の橋の
ながらへて 難波の浦に たつ波の なみのしわにや
おぼほれむ さすがにいのち 惜しければ 越の国なる
しら山の かしらは白く なりぬとも 音羽の滝の
音にきく 老いず死なずの くすりもが 君が八千代を 若えつつ見む
反歌 壬生忠岑
君が世に逢坂山の石清水 木隠れたりと思ひけるかな
冬の長歌 凡河内躬恒
ちはやふる 神な月とや けさよりは くもりもあへず
はつ時雨 もみぢとともに ふるさとの 吉野の山の
山あらしも さむく日ごとに なりゆけば 玉の緒とけて
こきちらし あられみたれて 霜こほり いやかたまれる
庭の面に むらむら見ゆる 冬草の うへにふりしく
白雪の つもりつもりて あらたまの 年をあまたも すぐしつるかな
七条のきさきうせたまひにける後によみける 伊勢
沖つなみ 荒れのみまさる 宮のうちは 年へてすみし
伊勢のあまも 舟流したる 心地して よらむ方なく
かなしきに 涙の色の くれなゐは われらがなかの
しぐれにて 秋のもみぢと 人々は おのがちりぢり
わかれなば 頼むかげなく なりはてて とまるものとは
花すすき 君なき庭に むれたちて 空をまねかば
はつかりの なきわたりつつ よそにこそ見め