和歌と俳句

万葉集

巻第二

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   明日香皇女木■殯宮之時柿本朝臣人麻呂作歌一首并短歌
飛鳥 明日香乃河之 上瀬 石橋渡  下瀬 打橋渡 石橋 生靡留  玉藻毛叙 絶者生流 打橋 生乎為礼流  川藻毛叙 干者波由流 何然毛 吾王能  立者 玉藻之母許呂 臥者 川藻之如久  靡相之 宜君之 朝宮乎 忘賜哉  夕宮乎 背賜哉 宇都曽臣跡 念之時  春部者 花折挿頭 秋立者 黄葉挿頭  敷妙之 袖携 鏡成 雖見不■  三五月之 益目頬染 所念之 君与時時  幸而 遊賜之 御食向 木■之宮乎   常宮跡 定賜 味澤相 目辞毛絶奴   然有鴨 綾尓憐 宿兄鳥之 片戀嬬  朝鳥 徃来為君之 夏草乃 念之萎而  夕星之 彼徃此去 大船 猶預不定見者  遣悶流 情毛不在 其故 為便知之也  音耳母 名耳毛不絶 天地之 弥遠長久  思将徃 御名尓懸世流 明日香河 及万代  早布屋師 吾王乃 形見何此焉

   明日香皇女の城上の殯宮の時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首并せて短歌
飛ぶ鳥の 明日香の川の 上つ瀬に 石橋渡し  下つ瀬に 打橋渡す 石橋に 生ひなびける  玉藻もぞ 絶ゆれば生ふる 打橋に 生ひををれる  川藻もぞ 枯るれば生ゆる なにしかも 我が大君の  立たせば 玉藻のもころ 臥やせば 川藻のごとく  なびかひの 宜しき君が 朝宮を 忘れたまふや  夕宮を 背きたまふや うつそみと 思ひし時に  春へには 花折りかざし 秋立てば 黄葉かざし  しきたへの 袖たづさはり 鏡なす 見れども飽かず  望月の いやめづらしみ 思ほしし 君と時どき  出でまして 遊びたまひし みけむかふ 城上の宮を  常宮と 定めたまひて あぢさはふ 目言も絶えぬ  しかれかも あやに哀しみ ぬえ鳥の 片恋づま  朝鳥の 通はす君が 夏草の 思ひしなえて  夕星の か行きかく行き 大舟の たゆたふ見れば  慰もる 心もあらず そこ故に せむすべ知れや  音のみも 名のみも絶えず 天地の いや遠長く  偲ひ行かむ 御名にかかせる 明日香川 万代までに  はしきやし 我が大君の 形見にここを

   短歌二首
明日香川四我良美渡之塞益者進留水母能杼尓賀有萬思  一云水乃与杼尓加有益

明日香川しがらみ渡し塞かませば流るる水ものどにかあらまし

明日香川明日谷将見等念八方吾王御名忘世奴

明日香川明日だに見むと思へやも我が大君の御名忘れせぬ