和歌と俳句

中村草田男

火の島

向日葵や戦場よりの文一行

書庫守の朱に塗り放つ兜虫

松籟や百日の夏来りけり

洗礼涼し母が腕を欄とし佇つ

瞬間は蜥蜴追想尾に在りて

卵皿に揺れ夏海を蝦夷へ渡る

稲妻を仰ぐそびらに茅舎居る

花柘榴なれば落つとも花一顆

煌々と三十路も末の文月照

ショパン弾き了へたるままの露万朶

石膏像むかしのそこに夏の塵

一片舟昼寝の足裏濤のむた

濤おらぶ夏草藪とけじめなし

蜘の網煙とまとひ日の薊

炎天や鏡の如く土に影

鳶鳴きし炎天の気の一ところ

かの母子の子は寝つらんか月見草

詮じあふ少年の智慧きりぎりす

夏の月ヴァイオリン弾き頭を傾げ

大学に来て踏む落葉コーヒー欲る

落葉に偲ぶ学の鉄鎖の重かりしよ

大学の空落日に新月得し

三日月へ乙女の声は落ちず上がる

月冷に白歯をひしと噛み合はす