故山のごと高し時雨のビルデイング
窓外に積む雪ピアノの丈に迫る
卓上一花凍てて蘂さへ相交へ
冬の風鈴ただ一息の今年なりし
暮の富士歌の茂吉に会ひに行く
歳末の生面の茂吉髭真白
春服や親達にのみ故郷あり
朝ざくらみどり児に言ふさようなら
縞毛虫横に臥て楽流れゆく
身のまはり日の溢るとき閑古鳥
旱水一条橋半ばきて真下なる
桜の実紅経てむらさき吾子生る
五月なる千五百産屋の一つなれど
父となりしか蜥蜴とともに立ち止る
親雀仔雀ラヂオ軍歌ばかり
灯蛾は夜々減れど戦報相つげり
燭の灯を煙草火としつつチエホフ忌
会えば兄弟ひぐらしの声林立す
草木立ち暑き夕日の動くのみ
外套の釦てぐさにただならぬ世
炎天の号外細部読み難き
百日紅父の遺せし母ぞ棲む
鰯雲百姓の背は野に曲る
しろじろと母が前掛け羽織の前
たらちねとして日々潔し神無月