和歌と俳句

久保田万太郎

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あきかぜの猫のかうばこつくりたる

秋風やわすれてならぬ名を忘れ

あきかぜのふきぬけてゆく憎さかな

これといふ手柄とてなき案山子かな

なくやひそかにひかる床ばしら

道愉ししきりにの咲きあふれ

あさがほのまだ咲きやめず御名講

朝寒のなさけともなきすゝきかな

稽古場の幕下りてゐる夜寒かな

人知れず夜寒の襟をたゞしけり

むらさきの襟のくすみぬ夜寒かな

ゆく秋や何をおそるゝ心ぜき

瀬の音の秋おのづからたかきかな

俄雨しきりに秋にいどみけり

盆の月あげたる沖となりにけり

おたがひにみるかげもなき残暑かな

秋涼し百合のしたゝか活けられて

水際へしだひに咲ける芙蓉かな

地に匍ひてあさがほ咲けるなごりかな

みづひきのいろ濁す雨つゞきけり

酒あつしはや秋の夜のひえびえと

長き夜や一つの膳に一と銚子

花をつけくる一と日一と日かな

ほろほろと蝶あがるなり萩の中

蟲きいてゐる帯のやゝ胸高や