和歌と俳句

久保田万太郎

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秋晴やバスをまつ間の海の色

秋の雲みづひきぐさにとほきかな

蕎麦よりも湯葉の香のまづ秋の雨

せきれいや四五日海に波の絶え

波音をはこぶ風あり秋まつり

朝寒や律儀に折りしシャツの袖

障子貼る筧は水を吐きやめず

とある日の銀杏もみぢ遠眺め

一葉落つ圓生可樂いま小さん

さがす人こゝにもみえず走馬燈

走馬燈いのちを賭けてまはりけり

走馬燈月のひかりをやどしけり

ながれ着きあへず消えたる燈籠かな

燈籠の消ぬべきいのち流しけり

夏越祭実朝まつりひぐらしや

稲のはや穂をもちそめし残暑かな

干してあるゆかたの派手に鳳仙花

今戸橋わたりてかよふ夜学かな

すゝき折りもちて夜学のもどりかな

秋くさやしばらくは日のさしわたり

秋くさを咲かせて塀の高きかな

秋くさに芝居みにゆく仕度かな

月の萩あかるき露の萩くらく

手古舞がわらぢぬぐときちゝろかな

名月や人のこゝろに露くらく

くろかみにさしそふ望のひかりかな

名月のよき句明治の作者かな

名月やつかねてつりしたうがらし