和歌と俳句

久保田万太郎

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碧童も死んでしまひし子規忌かな

柿にそへて雷おこし秋のもの

水の音くらきにきこえ十三夜

配給の卵三つや柳散る

ゆく秋の不二に雲なき日なりけり

ふつふつと煮ゆるおでんや暮の秋

秋立つやてのごひかけの手拭に

迎火をみてゐる犬のおとなしき

ひぐらしに十七年の月日かな

破蓮に残暑ふたたびもどりけり

初嵐すだれを吹いてすぎにけり

野分中時計の針のすゝみけり

硝子戸のしめきつてある野分かな

あきくさをごつたにつかね供へけり

十六夜の三島たち来て品川や

宵闇やたまたまひかる水たまり

林道の尽きてはつゞくとんぼかな

山霧のわきくるとんぼ群るゝかな

ゆふぎりにぬれたる梨を剥くナイフ

大学の中ぬけて来て秋まつり

鐘の音こころにききて夜寒かな

桟橋にかぶさる柳散りにけり

行く秋やネクタイ赤き少女たち

飯櫃の箍のひかりや暮の秋

草市の買ひものつゝみつまりけり

いなびかり今日といふ日のなごりかな

下の巻のすぐにもみたき芙蓉かな

ゆめにみし人のおとろへ芙蓉咲く

西鶴忌うき世の月のひかりかな

つゝぬけにきこゆる聲や月の下

鬼灯や野山をわかつかくれざと

秋の雨こころもそらにふりにけり

星みれば星うつくしき夜寒かな