危うきとき蟹は土管に入れば足る
パンツ脱ぐ遠き少年泳ぐのか
又遭ひし蟻ともしばし闘へり
セルの身は松の花粉によごれやすし
梅雨の妻いまにして女の一生読む
天井に梅雨漏り吾は病みこらへ
蟹がゐて油いための音たけなは
子が泳ぐかくもさみしき浦選み
平泳のをとめの四肢は見えざれども
茫茫と麦生つづけり胸の病
蛍死す風にひとすぢ死のにほひ
向日葵や患家の暗さ医も驚く
一湾の潮しづもるきりぎりす
吾と妻とのもの虫干の綱たるみ
病雁の列を離るるこゑなりしや
毒ありてうすばかげろふ透きとほる
秋の蚊を払ふかすかに指に触れ
道ありと思へず稲田ひと通る
海へ洩る寒燈海から誰も見ず
霧の海その中に眼に見ゆる海
枕木を枯野一駅歩み来し
雁のこゑ長き行途を思はしむ
ゆふべしづかに明日にも雪嶺たらむとす
雪嶺とはならずしづかに天を占む
わが息のかすかに白く生きるはよし
春著着て来れり海に見せむとて