和歌と俳句

山口誓子

和服

虹の環を以て地上のものかこむ

枯蘆原青年の来るところならず

鴨群れて浮くこれほどの奢りなし

日頃憎む邸芝焼けばなほ憎む

焼芝に午前のうちの柵の影

学生の落第せると浦づたひ

猫の毛がちらばる昨夜の恋おそろし

水のなきところへ上り蝌蚪は死す

蝌蚪暮れし上ともなくて鴉とぶ

水増して蝌斗の寄る岸高くなりぬ

光ぎつしり老ゆることありや

紫が深まれば黒雨の

海上の音みなの環に籠る

田鋤牛やすらふや前のめりして

鋤き終へし向にて牛の立ち憩ふ

指に匐はせ美濃のを頒ちあふ

眼に力籠めて立てるに衰ふ

田掻牛身を傾けて力出す

死にければ闇たちこむる蛍籠

葉桜の駅に字を書く洋傘の尖

新緑に声しはがれて鴉過ぐ

向日葵の十四花ゴッホの場合の如く

炎天の三重より奈良へ歩き出す

金魚かたまれり数尾の死の後に

貰ふ太陽の熱さめざるを

曽て吾通りしの中黄ばむ

麦畑秘密なきまで吹き荒るる

どこにこのしぶとき重さ西瓜抱く

花火にて荒れし空鳴きわたる

待ち待ちしただ二時間の花火の夜