風鈴が一つしかない眼に赤い
しやが咲いてひとまづは憶ふ古き映画
しやが咲いてひとまづは財布乏しくゐる
梅雨冷えのあざみを挿してかく手紙
戦争はかなし簾を垂れて書く
女工らに卯の花腐しただ降れり
夏浅く港の町は靴ゆけり
南風はひだりの靴を重くせり
緑蔭にゐて靴磨あぶれたり
港は初夏靴のエナメル灯をへる
老嬢の近眼鏡に散るすはう
老嬢の頬紅の色に散るすはう
孤独なりさぼてん蒼き花を挙げ
水底の藻をたわたわと揺るは南風
茨咲いてこんなさみしい真昼がある
ふるさとの山河そびらに夏痩せたり
夏藤やをんなは老ゆる日の下に
夏藤のこの崖飛ばば死ぬべしや
あやめ黄に卯月はものを思ひもす
曇天のさむしさにあり卯月了ふ
ふる里に母あり水草生ひ競ひ
水草生ひふるさとの沼は青きかな
おもひでのあれば水草かくは生ふ
遙か来て水草は吹かれゐたりけり
無花果のあまた真青き実に守られ