和歌と俳句

三橋鷹女

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11

汗の香の愛しく吾子に笑み寄らる

汗の香のいまだ稚き香を嗅げり

母に振る夏手袋の白き手を

子に母にましろき花の夏来る

子へ書けり泰山木の花咲くと

兄ら恋し卯の花腐しかかる日は

の翳にペンを握るや兄ふたり

一群の飛魚波を蹴立てゆきぬ

夏波は女浪は見えず波の間に

子を恋へり夏夜獣の如く醒め

夏浪か子等哭く声か聴え来る

花南瓜黄濃しかんばせ蔽うて哭く

還り来てちちははのへに夏痩せ

二重傷痕秘めて語らねど

夕べ子を怒らせをれば雷雨来ぬ

緑蔭の鶴を友とし四十路なり

緑蔭にわれや一人の友もなく

純白のばらに咲かれて日々無為に

ばら剪つて青年ギリシヤ語をつぶやく

忘られてあれば静や水馬

跼まりての葬列かなしめり

夕顔に母よ短い杖ついて

初蝉をこの樹に聴くも間のあらじ

蛍売みてきしことを夫に告ぐ

貴金属など持ちませぬ李噛む