和歌と俳句

釈迢空

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左千夫翁五年忌

水むけの茶碗の湛へ 揺れしるし。備れる墓のぬしと なりませり

吹きとほる風のそよめき、線香は、ほむら立ち来も。卒塔婆のまへに

包み紙の赤きが濡れて、塚のうへにくゆり久しも。線香のたば

さかりゐし松葉牡丹 へりにけり。み墓さやかになりにて 寂し

ただひと言 ほめくれたりと思ふ翁がことば うやうやしけれど 思ひ出でず。今は

おくれ来て 寺の広間にとほる茂吉 あつさ暑さと 扇ならすも

大川のさつきの水の濁り波。秀がしら光る。そのくづれ波

夏相聞

ま昼の照りきはまりに 白む日の、大地あかるく 月夜のごとし

ま昼の照りみなぎらふ道なかに、ひそかに 会ひて、いきづき瞻る

ぞらは、暫時曇る。軒ふかくこもらふ人の 息のかそけさ

はるけく わかれ来にけり。ま昼日の照りしむ街に、顕つおもかげ

ま昼日のかがやく道に立つほこり 羅紗のざうりの、目にいちじるし

街のはて 一樹の立ちのうちけぶり、遠目ゆうかり 川あるらしも

目の下に おしなみ光る町の屋根。ここに、ひとり わかれ来にけり