和歌と俳句

釈迢空

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ながながと 山のかけすは鳴きにけり。昼間の霞 谷にくだらず

たまさかに 入り来 又去る つぶら蠅。時のうつりを 覚えつつ居り

青山は、尾谷重れり。いこひつつ、黄なる樺の葉を こきにけり

明け昏れの空の 暗きに、飛び交いひて鳴く燕のこゑ あはれなり

湯の山の人のくらしの やすくして、甑を据ゑぬ。穂薄のなか

山高み、日くるるおそじし。青山の色より青き 池の面見ゆ

目のまへに、ゆるる一木のまだ見えて、このゆふぐれの 山のしづけさ

湯のまどの山 ほのぐらし。近々と 青き薄の穂を ちぎるなり

山深く、湯屋もいで湯も萱ごもり をりをり人の動きつつ 来る

山びとの 言ひ行くことのかそけさよ。きその夜、鹿の 峰をわたりし

湯の山に ひとり久しき 年くれて、せどの山べに 花を覓むる

山深きこぞの根雪を ふみ来つる 朝山口の松の あはれさ

正月の山に しづるる雪のおと━。かそかなりけり。ゆふべに聴けば

かもかくも 過ぎゆく世なり。ことしげき年と思ふも、はかなかりけり

さ夜ふけて 障子白々見え来るは、そともの樅に、雪重るらし

行きつつも 餌啄みとぼしき鳥のこゑ━国の境の山の かそけさ

道を来て、しづかなりけり。元日の夕づく日かげ 広くさしつつ

日のあたりしづけき 道にあそべども、さびしくぞあらむ。村の子のむれ