和歌と俳句

釈迢空

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草山の頂 青くうち仰ぎ 昼の日 やけて居るところなり

くさむらに入りかくれ行く 赤棟蛇。見つつ我が居て おどろかぬなり

くさむらに 梅の実ひとつおち居たり。ほのぼの黄ばむその実を 見てゐる

銭なくて 我はあるけり。夕ふかく 鉄道花の青き 線路を

まれまれに 団扇ふたふた 若い衆の入り行く闇に、腹だちにけり

らむね呑むほどは 銭持ちて行くならし。村若い衆も 遠き踊りに

あかしやの垂り花 見れば 昔なる なげきの人の 思はれにけり

ひそやかに 蝉の声すも。ここ過ぎて、おのもおのもに 別れけらしも

あかしやの夕目ほのめく花むらを 今は見えずと 言に言ひしか

きたなげに 人こみあへる自動車に 腹だち易く わが乗りて居り

自動車にのりはだかれる 隣りびとの脂の腕の 触りにけるかも

ひたごころ 我は悪めり。萱草の咲きた立ちたる黄なる 花むら

道ばたのどくだみの花。手にもみて 人に嗅せぬ。くちをしき時

こと足らで 住み馴れにけり。うど うあまめ、魚 青物も ひとつ草の香

鳥の声まれになり行く山なかに、来向ふ秋は ひそけかりけり

山小屋は 栂の林のなかなれば、さびしき子らの 声あぐるなり

山なかは 喰うふものもなし。指入れて 地虫の穴を 覆し居るなり

燈ももとに 今宵にほへる海胆の色。しみじみ 山をさびしがらしむ