和歌と俳句

柿本人麻呂

矢釣山木立不見落乱雪驪朝楽毛

矢釣山木立も見えず降りまがふ雪に騒ける朝楽しも


三津埼浪矣恐隠江乃舟公宣奴嶋尓

御津の崎波を畏み隠江の船なる君は野島にと宣る

珠藻苅敏馬乎過夏草之野嶋之埼尓舟近著奴

玉藻刈る敏馬を過ぎて夏草の野島の崎に船近づきぬ

粟路之野嶋之前乃濱風尓妹之結紐吹返

淡路の野島の崎の濱風に妹が結びし紐吹き返す

荒栲藤江之浦尓鈴寸釣泉郎跡香将見旅去吾乎

荒栲の藤江の浦に鱸釣る海人とか見らむ旅行く我れを

稲日野毛去過勝尓思有者心戀敷可古能嶋所見

稲日野も行き過ぎかてに思へれば心恋しき加古の島見ゆ

留火之明大門尓入日哉榜将別家當不見

燈火の明石大門に入らむ日や漕ぎ別れなむ家のあたり見ず

天離夷之長道従戀来者自明門倭嶋所見

天離る鄙の長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ

飼飯海乃庭好有之苅薦乃乱出所見海人釣

笥飯の海の庭よくあらし刈薦の乱れて出づ見ゆ海人の釣船

武庫乃海能尓波好有之伊射里為流海部乃釣船浪上従所見

武庫の海船庭ならし漁りする海人の釣船波の上ゆ見ゆ


妻毛有者採而多宣麻之作美乃山野上乃宇波疑過去計受也

妻もあらば摘みて食げまし沙弥の山野の上のうはぎ過ぎにけらずや

奥波来依荒磯乎色妙乃枕等巻而奈世流君香聞

沖つ波来寄る荒磯を敷栲の枕とまきて寝せる君かも


名細寸稲見乃海之奥津浪千重尓隠奴屋山跡嶋根者

名ぐはしき印南の海の沖つ波千重に隠りぬ大和島根は

大王之遠乃朝廷跡蟻通嶋門乎見者神代之所念

大君の遠の朝廷とあり通ふ島門を見れば神代し思ほゆ