山科強田山馬雖在歩吾来汝念不得
山科の木幡の山を馬はあれど徒歩よりわが来し汝をおもひかねて
遠山霞被益遐妹目不見吾戀
遠山に霞たなびきいや遠に妹が目見ねばあれ恋ひにけり
是川瀬々敷浪布々妹心乗在鴨
宇治川の瀬々のしき浪しくしくに妹は心に乗りにけるかも
千早人宇治度早瀬不相有後我嬬
ちはや人宇治の渡りの瀬を早みあはずこそあれ後も我が妻
早敷哉不相子故徒是川瀬裳襴潤
はいきやしあはぬ子ゆゑにいたづらに宇治川の瀬に裳裾濡らしつ
是川水阿和逆纏行水事不反思始為
宇治川の水沫さかまき行く水の事かへらずぞ思ひそめてし
鴨川後瀬静後相妹者我雖不今
鴨川の後瀬静けく後もあはむ妹には我れは今ならずとも
言出云忌々山川之當都心塞耐在
言に出でていはばゆゆしみ山川のたぎつ心を塞かへたりけり
水上如數書吾命妹相受日鶴鴨
水の上に数書くごときわが命妹にあはむとうけひつるかも
荒磯越外往波乃外心吾者不思戀而死鞆
荒磯越し外ゆく波の外心われは思はじ恋ひて死ぬとも
淡海々奥白浪雖不知妹所云七日越来
近江の海おきつ白波知らずとも妹がりといはば七日越え来む
大船香取海慍下何有人物不念有
大船の香取の海にいかり下ろしいかなる人か物思はずあらむ
奥藻隠障浪五百重浪千重敷々戀度鴨
おきつ藻を隠さふ浪の五百重浪千重しくしくに恋ひわたるかも
人事■吾妹縄手引従海益深念
人ごとはしましぞわぎもつな手引く海ゆまさりて深くしぞおもふ