空梅雨を憂ひし雨はふりきたり溜池がかりの上田も植えむ
山峡の稲田に照るは時すぎてすでに静けき旧盆の月
月の出の夜々におくれて照りきたる軒の芭蕉に露しとどなる
倉の屋根に月ののぼりて影ひくや母屋の端の芭蕉のあたり
照る月は小壁に沿ひて軒したに芭蕉のかげの大きなる揺れ
稲原の早稲穂にしろく照る月は夜ごとに明し山の峡にも
小山田を刈るひと見れば時じくの栗をぞひろふ稲のなかより
みちに踏む草かげの毛毬やひといろの黄葉ばやしに栗まじるらし
田へひかむながれを樋より池におとし黄葉も散りて飯釜しづむ
川の音は向うにすれど霧ふかく下りし岸田にいね刈りそめし
刈るいねに霧のうごくぞさみしけれ鎌入るるひとは埋れつつ見ゆ
霧のふる今朝のくらさに稲刈れりさみしき人に呼びかけなむか
そこばくの稲刈られゆく田を見れば山よりすぐに烏下りたつ
あしたより鎌入るるおとの田にきこゆ霧うごかして稲を刈るひと
裏川に棲みつく鳥かせきれいのみ冬はことに庭に飛び来て
年のあさを竃に焚く火が戸よりみゆ暗きに起きし草の家ありて
炬燵して寒きをいとへ窓の下の蓮田の枯葉けふもしぐるる
五月雨は日暮にやみてこの堀の干潟の尻に水鶏なくなり
海辺にも水鶏のなきて日の暮はあはれなりけり梅雨に入るころ
故里の植田を思へば海辺にて夜きく水鶏恋しかりける
雨いく日檐の芭蕉にさむけれど秋風吹きていまだ破らず
家ゆする風をし聞けば山かひは遠きそらより木がらし来る
音たてて今日もしばしば刈小田に時雨ぞいたるうらの山より
ふる雨に山へ去ぬらむ夕がらす田ごとの稲城こえ越えてとぶ
山かひは時雨の晴れてゆふさむし嶺のもみぢに空の澄むいろ