中村憲吉

白牡丹蕾のさきの色ぐむは或ひは咲きて紅やおぶらむ

逝く春は牡丹に寒し莟しろくやうやく苞の解けしこのごろ

散るときも牡丹の花は美しき一日のうちに重りて散る

ふるさとへ帰る長路にいり行かむ山がうれしも行く手にあをく

病むわれの見つつとほりし廣島の市のちまたは夏さかりなる

かい道は家むらも畑もほこり浴びあつき樹樹より蝉鳴きにけり

真夏野のかがやく遠方に雷鳴りて雲たむろせり可部のおく山

ゆふ立ちのなごりが軒にしづくせる山かひの村行くにしづけし

山がはのしぶきをあぐる岸にしてそよげる合歓は花いまだなり

ゆふだちは上根の嶺のうらおもて四五里やふりし道の濡れたる

山里はあはれふかくて竹のみぞおそき季節に若葉せりける

梅雨を経てくろずむ山にうぐひすのいまだ老いぬをかへり来てきく

ふるさとに病む身かへりて心やすしあを田夏山臥てゐても見ゆ

戸開くればほしいままなる朝ぎりはやまひの床のうへを吹きすぐ

つねは人の居ぬに馴れしかせきれいは部屋ぬけてあゆむ恐れ気もなく

せきれいは畳のうへをあゆみ来ぬ朝ぎりくらく部屋しづかなり

昨夜のあめに芭蕉はしるく荒れにしが糸のごとくにひろ葉やぶれし

大き芭蕉葉かげにふかく花もつか地に目立ちてぞ苞をおとせる

葉ごもりに咲くと見えねど花芭蕉百日あまりを散りつづきけり

秋といへど玉巻く芭蕉つぎつぎに暴風雨に破れしあとにしげりぬ

朝ぎりの晴れ間のおそき秋となりセルの寝間著のやうやくさむし

このごろの朝の庭木にすずめ殖ゆ夏のあひだは去りて居ざりし

庭すずめ声あらそひてかまびすし朝ひとときは霧のはれざる

庭かげに木犀はそれとはな咲きてつめたき霧にかをりをはなつ

小夜なかに霧の滑りか降るあめか軒樋に音のつたはり初めし

和歌と俳句

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