霜月をいたく柘榴の熟れたりし庭にわが著きむかし宿りし
ゆくりなく明日香にきたりうつそみは九年ぶりの旅寝をぞする
明日香川ありて激てどむかし来てなげきし友のうつつにはなし
高野にて盆不断会にあひしかば来るえにしありき君が墓べに
寒時雨降りみ降らずみ染めなづみ四方の黄葉の色くすみたり
照り降りの時雨つづけば山かひの黄葉へ虹のしばしばに立つ
気がかりし雨のかはりや今朝にして山の黄葉に雪眞白なる
冬づきて時雨のはれぬ田にはなほも稲城のこれり濡れさらされつ
山かひの時雨くらしも刈りのこる湿田の稲の朽ちやしぬらむ
からすさへ見るは偶なり雨さむき稲城のすそを擦れずれに飛ぶ
われ等来つる靴のおとみの甃石道のくさ霜枯れし夢殿の庭
そそぐ陽に甍はしろく火炎はけりいみじき御屋の四方のしづけさ
ゆめ殿の暗きに低くきこゆるは秘佛をひらく経の鉦おと
いみじくも燈に照りいでし御ほとけの金色の體あたたかく見ゆ
春嵐芽吹かぬ山に吹きとよみ遠近に樹のきしりゆく音
枯山に来りて見れば諸木はすでに大きともしき春の芽をもつ
山みれば雪残れども夕づく日玻璃戸のそとを蟲すでにとぶ
春萌ゆる芽かも掘るらむ裏の川の岸にひさしくかがまれる人
春いまだ田は鋤かねども堰のみづ分れひかりて山蔭へみゆ
山よりの水ながれ入る庭池に春おのづから鮠の生れし
寺に来て人を回向し咲きがたの櫻にあふが心うれしき
古りのこる枝垂櫻や血統はやく絶えし國守の菩提寺の庭
ひたむきに花吹雪すれ土手したの甍のうへを吹きみだし飛ぶ
山峡は若葉しづまれ今年またひとつところに啼くほととぎす
このごろはゆふべの畑に子等をやり一日にうれし苺つましむ